マーケティング理論と聞くと、大学の講義で暗記させられた横文字の羅列を思い浮かべる人が多いかもしれない。だが実務の現場で理論が役に立つ場面は、意外と地味なところにある。「なぜこの施策をこの順番でやるのか」を、勘や思いつきではなく他人に説明できる状態にする。それだけのことだが、これができるかどうかで施策の優先順位づけも、社内の合意形成も変わってくる。
この記事では、ECサイト改善のコンサルティングで実際に参照することの多い9つの理論を、体系立てて整理する。理論の暗記ではなく、「どの場面でどれを使うか」を軸に読んでほしい。
マーケティング理論とは何か
マーケティング理論とは、顧客の行動や心理、商品が市場に広がっていく過程を説明するための枠組みである。共通しているのは、個別の成功事例を一般化し、再現できる形に整理している点だ。
実務でこれが必要になる理由は単純で、理論なしに施策を組むと、その場その場で良さそうなものに飛びつく運用になりやすいからだ。広告を試し、SNSを試し、LPを作り直し、どれも中途半端なまま次に移る。うまくいかない企業ほど、個々の施策は真面目にやっているのに、なぜそれをやるのかという軸が抜けている。
理論は、その軸を外から借りてくるための道具だ。自社の勘だけで戦略を組むと視野が狭くなるが、先人が体系化した枠組みに当てはめて考えると、抜け漏れに気づきやすくなる。
マーケティング理論の一覧(9理論の早見表)
「マーケティング理論にはどんなものがあるか」を先に知りたい人のために、この記事で扱う9理論を一覧にした。詳しい解説は表のあとに続く。
| 理論名 | 提唱者・発表年 | 実務での使いどころ |
|---|---|---|
| 4P(マーケティングミックス) | E.ジェローム・マッカーシー(1960年) | 商品・価格・流通・販促を作り手側から総点検する |
| 4C | ロバート・ロータボーン(1990年) | 同じ施策を顧客側の視点で見直す |
| STP | ウェンデル・スミスが原型を提示、コトラーが体系化(1950〜60年代) | 誰に何を届けるかを最初に絞り込む |
| イノベーター理論 | エベレット・ロジャース(1962年) | 新商品がどの層から広がるかを予測する |
| キャズム理論 | ジェフリー・ムーア(1991年) | 初期ユーザーの後に急に売れなくなる壁を先読みする |
| AIDMA | サミュエル・ローランド・ホールが提唱したとされる(1924年、米国) | 広告接触から購入までの心理の流れを追う |
| AISAS | 電通が2005年に商標登録 | 検索とSNSを介した購買プロセスを追う |
| 認知的不協和理論 | レオン・フェスティンガー(1957年) | 購入後の後悔や不安を軽減する施策を考える |
| コトラーのマーケティング1.0〜6.0 | フィリップ・コトラーほか(2010年〜) | マーケティングの主眼が時代とともにどう移ってきたかを掴む |
戦略を設計する理論:4P・4C・STP
施策を考え始める前の「土台」を作る3つの理論から見ていく。
4P:作り手側から総点検する
4Pは、E.ジェローム・マッカーシーが1960年の著書『Basic Marketing: A Managerial Approach』で示した枠組みで、Product(商品)・Price(価格)・Place(流通)・Promotion(販促)の4要素で施策を整理する。
実務で使うなら、新商品や新サービスを出す前に「この4つのどこかに矛盾がないか」を確認する用途がいちばん役に立つ。価格は高価格帯なのに、流通は安売り前提のモールだけ、といったちぐはぐな設計は4Pに当てはめるだけで見つかる。
4C:顧客側から見直す
4Pが作り手側の視点であるのに対し、ロバート・ロータボーンが1990年に業界誌Advertising Ageで発表した4Cは、顧客側の視点でCustomer(顧客にとっての価値)・Cost(顧客が払う対価)・Convenience(入手のしやすさ)・Communication(対話)の4要素に置き換える。
4Pだけで施策を組むと、社内の都合が優先されがちになる。同じ施策を4Cで見直すと、「価格を上げたい」という4P側の判断が、顧客にとっての対価(Cost)とどう釣り合っているかを問い直せる。4Pと4Cは対立する理論ではなく、同じ施策を両側から点検するためのペアとして使うのが実務的だ。
価格ではなく価値提案で戦うという考え方は、永井孝尚(原作)・阿部花次郎(作画)『100円のコーラを1000円で売る方法』でも一貫して扱われている。値下げは模倣されやすく、収益を削りながらさらなる値下げを招く消耗戦につながりやすい。同書が示すのは、対象顧客・課題・便益・代替策より優れる理由をひとまとめにした「価値提案」を戦略の中心に置き、4Pの4要素をその価値提案に沿わせる考え方だ。価格だけを見直す前に、対象顧客と提供便益がずれていないかを先に確認したい。
STP:誰に何を届けるかを決める
市場を細分化する考え方自体は、ウェンデル・スミスが1956年の論文で示した市場細分化の概念にさかのぼる。それをセグメンテーション(市場を分ける)・ターゲティング(狙う層を決める)・ポジショニング(自社の立ち位置を決める)という一連の流れとして体系化したのがフィリップ・コトラーで、1960年代以降の著書『Marketing Management』を通じて広まった。
4P・4Cを考える前に、STPで「誰に売るか」が決まっていないと、価格も流通もぶれる。ターゲットを絞り込めていないECサイトほど、コンセプトが「みんなに便利」という当たり障りのないものになりやすい。
「誰に売るか」を絞り込む発想は、福永雅文『ランチェスター戦略』が説く弱者の戦い方とも重なる。同書では、経営資源が少ない企業ほど商品・地域・顧客層のどこかで局地戦を選び、そこへ人と時間を集中させることで小さな一位をつくる戦略を紹介している。STPで市場を絞り込んだあとは、その狭い市場の中でさらに一点に資源を集中できているかを点検すると、絞り込みが中途半端に終わるのを防げる。
市場に広がっていく過程を読む理論:イノベーター理論とキャズム
新商品を出したときに「誰から売れて、どこで頭打ちになるか」を説明するのがこの2理論だ。
エベレット・ロジャースは1962年の著書『Diffusion of Innovations(イノベーション普及学)』で、新しいものを受け入れる速さによって市場をイノベーター・アーリーアダプター・アーリーマジョリティ・レイトマジョリティ・ラガードの5層に分けた。
ここで実務者が押さえておきたいのは、ジェフリー・ムーアが1991年の著書『Crossing the Chasm(キャズム)』で指摘した続きの部分だ。アーリーアダプターまでは新しさだけで買ってくれるが、アーリーマジョリティは「実際に役に立つ実績」を求める。この間には大きな溝(キャズム)があり、多くの新商品はここで売上が伸び悩む。
新商品のローンチ直後に反応が良かったのに、その後急に鈍化する現象は、このキャズムで説明できることが多い。反応が鈍った段階で広告を増やすより、実績・事例・レビューを整えてアーリーマジョリティ向けの根拠を用意するほうが効く。
買ってもらうまでの流れを読む理論:AIDMAとAISAS
AIDMAは、サミュエル・ローランド・ホールが1924年の著書『Retail Advertising and Selling』で示したとされるモデルで、Attention(注意)・Interest(興味)・Desire(欲求)・Memory(記憶)・Action(購買)という5段階で消費者心理を説明する。テレビや雑誌といったマスメディア広告の時代に、日本でも広く使われてきた。
検索とSNSが購買行動の前提になった時代に合わせて、電通が2005年に商標登録したのがAISASだ。Attention・InterestのあとにSearch(検索)を挟み、Action(購買)のあとにShare(共有)を置く。ユーザーが興味を持ったあとに検索エンジンやSNSで調べ、買ったあとにレビューやSNSで発信する行動を織り込んでいる。
実務で使うなら、自社の商品ページやSNS運用が、AIDMAの「記憶に残す」段階だけで止まっていないかを確認するとよい。検索されたときの受け皿(商品ページの情報量、レビューの有無)と、買ったあとに共有したくなる仕掛け(同梱物、サンクスメールの内容)まで設計できているかどうかで、AISASの後半2段階を取りこぼしているかが見える。
購買が止まる場所を診断する視点は、小阪裕司『買いたいのスイッチを押す方法』の枠組みにも近い。同書は購買行動を「感性に情報が届く」→「欲求と動機が生まれる」→「意思決定する」→「行動する」という連鎖で捉え、どの段階で止まっているかを分けて診断することを勧めている。AIDMAやAISASの各段階のうち、自社が弱いのは認知なのか、検討なのか、行動への後押しなのかを切り分けると、打ち手も絞り込みやすくなる。
顧客心理を理解する理論:認知的不協和とマズローの欲求段階説
認知的不協和理論は、心理学者のレオン・フェスティンガーが1957年の著書『A Theory of Cognitive Dissonance』で提唱した理論で、人は矛盾する認知を抱えたときに不快感を覚え、その不快感を解消しようとする、という考え方だ。
マーケティングでよく引用されるのは購入後の場面だ。高い買い物をしたあとに「この選択は正しかったのか」という不安(不協和)が生じ、それを解消するために、購入を正当化する情報を探したり、逆に返品を選んだりする。購入直後のフォローメールで使い方や活用事例を伝える施策は、この不協和を早い段階で解消させるための手当てとして説明できる。
もう一つ、欲求の段階に着目する理論としてマズローの欲求段階説がある。人間の欲求を生理的欲求から自己実現欲求まで段階的に捉える考え方で、顧客が今どの欲求の段階にいるかによって響くメッセージが変わる、という応用ができる。この理論をSEOの文脈で掘り下げた内容は、マズローの欲求段階説から考えるマーケティング戦略の記事にまとめている。
コトラーのマーケティング理論に見る「焦点」の変遷
フィリップ・コトラーは、ハーマワン・カルタジャヤ、イワン・セティアワンとの共著で、マーケティングの主眼がどう移り変わってきたかを1.0からの番号で示してきた。2010年の『Marketing 3.0』では企業視点の1.0(製品中心)・消費者視点の2.0(消費者志向)から、社会や価値観を重視する3.0への移行を整理し、2016年の『Marketing 4.0』ではデジタルとの融合、2021年の『Marketing 5.0』ではAIやビッグデータと人間性の両立をテーマにした。2023年には没入型の体験を扱う『Marketing 6.0』も刊行されている。
「マーケティング理論の焦点」という問い方をするなら、この1.0〜6.0の変遷そのものが答えに近い。焦点は一貫して「企業が売りたいもの」から「顧客が求めているもの」へ、さらに「顧客を取り巻く社会や技術の変化」へと外側に広がってきた。4Pから4Cへの移行と同じ方向の変化が、コトラーの理論では番号という形で可視化されている。
理論を実務に落とし込むには
ここまでの理論は、知っているだけでは成果につながらない。実際にコンサルティングの現場で相談を受けるときは、課題の種類によって参照する理論を使い分けている。
| よくある相談 | 参照する理論 |
|---|---|
| 施策がバラバラで軸がない | 4P・4C・STP |
| 新商品の反応が初速だけで終わる | イノベーター理論・キャズム理論 |
| 集客はあるが購入まで進まない | AIDMA・AISAS |
| 購入後のキャンセル・返品が多い | 認知的不協和理論 |
| 訴求メッセージが響いていない | マズローの欲求段階説 |
理論は診断のための地図であって、施策そのものではない。地図を手にしたあとは、自社の状況に合わせて具体的なプランに落とし込む工程が要る。そこから先の実践的な手順は、実践的マーケティングプラン立案の方法をまとめた記事で扱っている。
また、こうした理論をコンテンツ戦略やWebサイトでの集客に落とし込む際の考え方は、SEOの本質と目的を整理した記事でも触れているので、あわせて参考にしてほしい。